横浜地方裁判所小田原支部 昭和25年(ワ)67号 判決
原告 石川助次郎
被告 広瀬徹
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、小田原市井細田三五一番地所在木造亜鉛葺平家一棟建坪十三坪五合を明渡し、かつ昭和二十四年三月一日より同年五月三十一日までは一ケ月金三十二円、同年六月一日より明渡済に至るまでは一ケ月金五十一円の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
原告は十七、八年前、自己の所有する小田原市井細田三五一番地所在、木造亜鉛葺平家一棟建坪十三坪五合を被告の父敦雄に期間を定めず賃貸したが、敦雄は昭和十八年七月二十六日死亡し、被告が家督相続をして右賃貸借を承継した。しかして右賃貸借における賃料は、昭和二十四年三月当時一ケ月金三十二円毎月末日払の約であつたが、被告は同月一日以降の賃料の支払をしないので、原告は同年十二月八日内容証明郵便で、同年三月から五月迄は一ケ月金三十二円、同年六月から十一月迄は市役所の告示により増額となつた一ケ月金五十一円二十銭の割合により合計金四百三円二十銭の賃料を、到達後十日内に支払うべく、若し右支払のないときはこれを条件として賃貸借を解除する旨の意思表示をなし、該書面は当時被告に到達した。しかるに被告は期日までに催告に定めた金額の支払をしなかつたので、右賃貸借は催告期間の末日の経過と共に解除となつたのに拘らず依然として右建物に居住してその明渡をなさず、原告をして賃料相当額の損害を蒙らしめている。よつて右家屋の明渡ならびに賃料および損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。と述べ、
被告主張の事実に対し、被告主張の如き供託のなされたことはこれを認めるが、調停申立の事実は不知、その余を否認する。右供託は前提となるべき提供がないから無効である。原告は未だ賃料の受取を拒んだことはない。なお右供託は被告の主張するような趣旨((二)の(2) )でなされたものではないことその文面自体から明白であるのみならず、過失なくして債権者を確知できない場合として供託するなら、その趣旨の文言を記載してしなければ供託の効力は生じない。と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、答弁として、被告が原告主張の如く家督相続をしたこと及び原告主張のような内容証明郵便の到達したことは認めるが、本件家屋が原告の所有であるかどうかは知らない。その余の事実は全部否認する。被告が居住しているのは同所三五四番地の家屋で本件家屋ではない。仮に本件家屋に被告が居住しているとしても、
(一) 本件家屋は、原告の子保次郎の所有であつたもので、被告先代敦雄は右家屋の管理をしていた保次郎の代理人たる原告から借受けたものであり、契約の内容は原告主張の通りであつた。しかして保次郎はすでに死亡し、石川幸男及びその母石川キンが相続して右賃貸借を承継したが、昭和二十三年十一月右両名から本件家屋は原告に管理させておいたにすぎず、所有者は右両名であると云うことで、小田原簡易裁判所に家屋明渡の調停申立がなされ、その結果被告は右家屋の内三畳間一室を同年十二月から明渡すことになり、昭和二十四年一月から石川キン母子に右一室を明渡し、同年三月以後はキンに対し賃料の支払をしている。しかして右調停の申立によつて原告は管理人の地位を失つたものと見るべきであるから、原告には明渡を求める権利がない。
(二) 仮に原告が賃貸人であるとしても、
(1) 被告及び先代敦雄は自己の居住する家屋は井細田三五四番地に在るものと信じておつたもので、被告の弟敏郎が本件家屋で出生した際も、敦雄は右三五四番地に於て出生した旨の届出をなし、被告自らもその旨の表札を掲げている。されば石川キンが三五四番地所在の家屋を相続したと云えば、その家屋は被告の居住する本件家屋のことであると考えるのは当然であつて、被告は賃貸人と称する石川キン(同人は石川幸男の親権者である)に善意で賃料の支払をしたものであるから、右の支払は債権の準占有者に対する弁済としてその効力を有するものである。
(2) 仮に然らずとするも、本件家屋の所有権については、原告と石川キンとの間に争があり、被告としては前叙の事情からそのいずれが賃貸人であるかを確知することができなかつたので、原告の賃料支払の催告に対しては、催告通りの金額を昭和二十四年十二月十二日供託した。しかしてこれについては被告に過失がなかつたものである。尤も供託に際し、その書類の作成を委任した司法書士の不注意により提供をしたが拒絶された旨の弁済供託の書類を作成してしまつたが、これによつて前記趣旨の供託の効力を妨げるものではない。従つて被告に賃料の不払なく、契約解除は無効である。と述べた。<立証省略>
三、理 由
成立に争のない甲第一、第四、第七号証ならびに検証及び原告本人尋問の結果を総合して考えれば、小田原市井細田三五一番地所在木造亜鉛葺平家一棟建坪十三坪五合は、被告現住の家屋であつて、その所有者は原告であることが認められる。被告が居住しているのは本件家屋ではないとの主張ならびに証人石川キン及び被告本人の供述は、被告の誤解によるものと認める。又証人石川ヒサの証言、原告及び被告(一部)本人の供述によれば、原告は十七、八年前本件家屋を被告の先代敦雄に期間を定めず賃貸し、昭和十八年七月二十六日敦雄の死亡により、被告がその家督相続をなし(この事実は争ない)て、右賃貸借を承継し、爾来引続き昭和二十四年二月迄被告は原告に対し、賃料の支払をなして来たことを認めることができる。被告の(一)の主張はこれを認めるべき証拠がない。しかして原告が昭和二十四年十二月八日その主張のような催告並びに条件附契約解除の意思表示を含む内容証明郵便を発し、該書面がその頃被告に到達したことは当事者間に争がない。よつて被告の(二)の(1) の主張について考える。
当裁判所が職務上知り得た事実によれば、小田原市井細田三五四番地所在木造亜鉛葺平家一棟建坪十一坪三合六勺は登記簿上原告の長男保次郎の名義になつていたが、同人は今次戦争に応召中死亡し、その妻であつた石川キン及び長男幸男と原告との間に、右家屋の所有権の帰属をめぐつて争を生じ、原告はキン及び幸男を被告として、当庁に右家屋の所有権移転登記請求の訴(昭和二十三年(ワ)第一号)を提起し、昭和二十五年七月七日原告敗訴の判決言渡があり、原告は東京高等裁判所に控訴の申立をしたものである。しかして成立に争のない乙第四号証、証人石川キンの証言、被告本人の供述及び検証の結果によれば、被告先代敦雄は本件家屋を三五四番地に所在するものと思い込み、被告も亦先代に従つてその通り信じていたことがわかる。それが誤解であつたことは前記の通りであるが、キン及び幸男から被告に対し三五四番地の家屋を相続したと称して家屋明渡の調停の申立がなされて見れば(成立に争ない乙第二、第三号証)、前記事情の下に於て、被告としては、本件建物はキン母子が相続をしたものと信ずるのも当然と謂うべく、成立に争のない乙第三号証、証人石川キンの証言及び被告本人の供述によれば、被告はキン等の調停申立に対し、家主なら致し方ないと思い、昭和二十三年十二月一日限り本件家屋のうち三畳間一室をキン等に明渡することに同意し、昭和二十四年一月キン等が右三畳間に居住するに及んで、被告は同年三月一日以降の賃料をキンに支払つたことが認められる。尤もこれを法律的に観察すれば、賃貸人が原告であることは前認定の通りであるから、保次郎の死亡により、所有権の相続が行われたとしても、賃貸人に変更を生ずる道理なく、被告としては、引続き原告に賃料の支払をなすべかりしものであつた。しかしながら法律の専門家でない被告(その供述によれば職業は鉄道員)にこのことを要求するのは酷に失し、被告が家主と賃貸人とを区別して考えなかつたのも亦無理からぬことゝして承認すべきである。然らば前叙の事実から見て、キンは賃貸権の準占有者であり、被告は同人に対し善意で弁済をしたものと認めるのを相当とする。甲第六号証の記載は、弁論の全趣旨に照らし、この認定を妨げる理由とはならない。してみれば被告の弁済は有効であつて、原告の催告ならびに条件附契約解除の意思表示はその効力を生じなかつたものと謂わなければならない。
よつて原告の請求はこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民事費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決をする次第である。
(裁判官 三淵乾太郎)